個人再生の情報交差点
臨時でやって来るラビをBの家で面倒をみていたのである。
ある日、泊まっていたラビがBに大学進学のアドバイスをした。
ハーバード大学に出願したらどうかと彼は薦めたのである。
「ブランダイズ大学に入れるなら、ハーバード大学にも入れる」。
Bの優秀さと可能性を感じ取って、選択肢は他にもあることを提示してあげたのだろう。
当初、母親は戸惑ったようだが、結局、Bは専攻希望を数学と経済学に変更して、ハーバード大学へ入学する。
そのラビの助言がなければ、彼は経済学の道へは進まず、後のFRB議長Bも誕生しなかったであろう。
「私は自分を大恐慌マニアだと思っている」Bは一九七五年にハーバード大学を卒業し(経済学BA)、マサチューセッツエ科大学(MIT)で七九年に経済学博士号を取得した。
また、MIT在学中にアンナ夫人(現在はスペイン語教師、彼女の親は欧州から亡命)と結婚している。
その後、七九〜八五年までスタンフォード大学で教鞭をとり、八五年からプリンストン大学経済学部教授となっている。
多数の論文、テキストブックを発表して高い名声を得た。
彼の初期からの代表的な研究として、大恐慌の分析が挙げられる。
「私の専門はマクロ経済学であり、経済史ではない。
しかしながら、学界におけるキャリアの中で、私は大恐慌として知られる一九三○年代のめまいが起きるほど酷い景気後退の研究を何度も行ってきた。
私は、自分を"大恐慌マニア(言魚)"だと思っている。
大恐慌マニアがなぜもっと多くいないのか私には不思議だ。
大恐慌は途方もなくドラマチックなエピソードなのに」。
彼が大恐慌の研究に魅かれるのは、ユダヤ系の歴史も影響しているのではないかという観測が市場では聞かれる。
大恐慌はナチス・ドイツを勃興させた不幸な要因のひとつだからである。
Bの金融政策二○○二年八月五日、現B大統領に任命されてBはFRB理事に就任する。
大統領経済諮問委員会(CEA)議長だったG・ハーバード大学教授の強い推薦によるものと言われている。
経済学者として世界的な名声を得ていたBだが、当時のホワイトハウス幹部は誰も彼のことを知らなかったという。
Bと共同執筆を出版したことがあるR.H大学教授は「FRB理事任命のニュースを聞いたとき、民主党支持者を指名するなんてBは面白いことをする、と思った」と語っている。
しかし、しばらくしてプリンストン大学経済学部では六年間にわたって学部長を務めている。
主張の強い多様な学者たちを謙虚な姿勢で上手くまとめ上げた、とその管理能力は高く評価されている。
同僚の教授は、「彼はプリンストンで人の話を聞くのが上手だった」と語っている。
今後、FOMC(連邦公開市場委員会)の議論をまとめ上げていく上では、そのスキルが生かされていくと思われる。
また、ご承知のように、Bは金融政策にとってのインフレ・ターゲットの有効性を盛んに主張し、FRBも海外中央銀行のように採用すべきとの提言を行っている。
F・Sは、多方面に大きな影響を与えた。
Bの古くからの友人で、多数の論文を共同執筆しているM・L・ニューヨーク大学教授(若い頃はB夫婦と同じ家に住んで、アンナ夫人の手料理を食べていた)も次のように語っている。
「彼が書いたものを読んでも、彼がどちらの政党に属しているか判別することはできない」。
彼のような親友ですら、最近までBが共和党支持者だったことを知らなかったという。
「彼はイデオロギー的な人ではない。
彼はC政権でもエコノミストとして働けたと思う」。
Bは政治的主張が薄いだけでなく、共和党からも民主党からも違和感を持たれない柔軟なスタンスをとることができるようだ。
この傾向は、FRB議長としての今後の発言にも現れてくると予想される。
ただし、政権や議会が金利引き上げに強く反対するような局面が訪れた場合、彼がどのような調整を行えるのか現時点では未知数である。
「私はびっくりした。
彼が共和党支持者だったとは、一緒に働いていたのに知らなかった」と述べている。
FRB幹部にはスポーツ好きが多い。
Gは週二回テニスをしていた。
アメリカンフットボールも好きで、ワシントン・レッドスキンズのオーナーズ・ボックス内で観戦していた姿がたびたび目撃されている。
一方、Bはスカッシュ(最近は肘を痛めて止めたらしい)とバスケットボールが好きで、FRB本部のビルディング内にあるコートでそれらを楽しんでいたという。
また、彼は熱狂的なボストン・レッドソックスのファンである。
学生時代に長くボストンに住んでいたことがきっかけである(ハーバード、MITはボストンにある)。
しかも、Bの野球への情熱は"オタク"的だ。
エコノミストとして経済分析を行ってきたように、野球のデータ分析を行うのが趣味である。
何事も凝り性の傾向があるようだ。
メジャーリーグでは、ピッチャーの評価基準として勝利試合数、奪三振数、ERAが重視されている。
BはそのERAが納得できないと主張している。
ERAにおいては、ピッチャーが塁上にランナーを残して交代した場合、救援のピッチャーが打たれてそのランナーがホームインすると、その点数は先のピッチャーにチャージされてしまう。
救援陣がふがいない場合、優秀なピッチャーの評価が正当になされないケースがあるわけだ。
Bはその不公正さに我慢がならないらしい。
ピッチャーが交代した時にランナーはどのベースにいたのか、アウトカウントはいくつだったのか、といった点を考慮して責任を配分するべきだと、Bは主張している。
「われわれはこの問題の解決策を見つけ出さなければならない、と彼はいつも話していた」とプリンストン大学のM教授は語っている。
なお、最近のBは、ワシントンの地元球団ナショナルズのファンでもある。
FRB理事に就任したBは、驚異的なハイペースで広範囲の経済問題を次々と講演で取り上げ、市場に大量の情報発信を行った。
二○○二年から二○○三年前半にかけては、米国経済のディスインフレ傾向を懸念して、デフレに陥った場合の金融政策に関し刺激的な発言を頻繁に繰り返した。
この時期、ワシントンの関係者の間では、彼に"ヘリコプター・B"というニックネームをつけて郷撤するのが流行った。
ヘリコプターから中央銀行がお札をばら撒けばデフレから脱却できるという経済学上の思考実験がある。
彼はそれをデフレ対策の中で推奨したため、人々に強烈な印象を与えた。
G以外のFRB理事の中で、Bの存在感が抜きん出ていたことは間違いなく事実である。
二○○四年頃からウォールストリートやマスメディアの問では、GFRB議長の後任候補の一人という評判が徐々に出てくる。
二○○五年春、J・B大統領はBを大統領経済諮問委員会(CEA)議長に任命する。
ホワイトハウスが彼を次期FRB議長に就任させるための準備ではないか、と解釈する声が市場では多く聞かれた。
ワシントンの政治の経験に乏しいBにホワイトハウス内の力学を経験させようという配慮というわけだ。
B本人もホワイトハウス入りを熱望していたらしい。
しかし、ある政権幹部は、当時、後任FRB議長についてはまったく考えていなかったと語っている。
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